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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8983号 判決 1982年2月24日

原告

川奈開発株式会社破産管財人

浦田数利

右訴訟代理人

小島将利

被告

三井不動産株式会社

右代表者

坪井東

右訴訟代理人

川島武宜

森俊夫

大野正男

渡辺昭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、金二〇億円およびこれに対する昭和五二年一〇月四日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金四億二三三〇万八六五〇円を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  主位的請求原因(債務不履行による損害賠償)

1 当事者

訴外川奈開発株式会社(以下、川奈開発という。)は、昭和五二年三月一〇日、東京地方裁判所において破産宣告をうけ(昭和五一年(フ)第一〇四号事件)、原告が破産管財人に選任された。

2 契約の存在

川奈開発は、昭和四八年一〇月二三日、被告との間で、川奈リゾートマンション建設事業(以下、本件事業という。)に関し、左記内容の契約(以下、本件契約という。)を締結し、川奈開発の親会社である訴外信和産業株式会社(以下、信和産業という。)が、川奈開発の右契約上の債務につき連帯保証した。

(一) 被告と川奈開発は、川奈開発を事業主体として、川奈リゾートマンションの建設、販売事業を行う。

(二) 本件事業の建設用地および建設事業に関する官公庁の許認可、同意については川奈開発が同社名義で取得する。

(三) 次の業務は被告が行う。

(1) 本事業の総合企画および総合管理

(2) 土木工事、建築工事その他マンションの建設工事の発注業務およびその設計施工、監理の依頼業務

(3) マンションの販売業務および販売代金の監理

(四) 前項(二)(三)の対外的行為は、被告が川奈開発の代理人として行う。

(五) 被告と川奈開発は、相互に協力して本件事業を完遂するため、被告は静岡県に対し、川奈開発を起業者、被告を工事完成保証人として本件開発事業の認可申請を行ない、その開発認可を取得する(以下許認可取得合意という。)。

(六) 本件事業にかかる許認可等の取得、建設の工程計画、資金計画、販売計画は、被告、川奈開発両者協議のうえ策定するものとする。

被告は、設計施工管理の依頼や土木、建築等を発注する場合、業者側の負担において先履行しその代金は川奈リゾートマンションの販売代金の中から支払うという条件で工事等(以下、立替工事という。)を請負受注する業者を選定して行う。(以下、立替業者選定合意という。)。

(七) 被告および川奈開発は、相手方の事前承認なくして各自の権利義務を第三者に譲渡し、あるいは担保に供することはできない。

(八) 本件事業の完遂が不可能となつたときは、川奈開発は、本件事業用地およびその外一切の建造物を、被告又は被告の指定する第三者に譲渡することを承諾する。その際、譲渡価格等の条件については、被告、川奈開発双方で協議する。

(九) 被告又は川奈開発が、本件事業又は本件事業用地に関し、第三者と重要な契約を締結する際は、事前に相手方の承諾を得る。

(一〇) 川奈開発または被告が本件契約に違反したときは、相手方はこの契約を解除することができる。

この場合、解除権者は、違反者に対し、損害賠償を請求することができる。

3 本件契約締結に至つた経過

(一) 昭和四五年頃、静岡県川奈地区にある公簿面積二四万一九六八平方メートルの共有山林(別紙物件目録一ないし四記載の土地)の所有者らから、信和産業代表取締役本橋栄一(以下、本橋という。)に対し、右共有山林を売買したいとの話があり、同社は、昭和四六年一月頃から、大手業者との業務提携を前提として調査を開始した。

(二) 信和産業は、その後被告に対し、業務提携の申入れをなし、約二か月にわたり両者で調査、協議を重ねた結果、昭和四六年五月に至り、信和産業と被告間に、川奈地区開発事業(以下、本件開発事業という。)に関し、左記内容の合意が成立した。

(1) 本件開発事業は、後日新設する川奈開発を事業主体として推進する。

(2) 信和産業は、その責任において右新設会社を設立する。右新設会社設立まで、本件開発事業に関する各種準備行為は、川奈開発設立準備委員なる名称にて信和産業が行う。

(3) 新設会社は、本件開発事業に要する用地および各種認可を取得する。

(4) 被告は、新設会社が前号の条件を成就させた場合は、本件開発事業の総合企画、設計監理、工事施工および販売業務の一切を新設会社から受託して実行する。

(5) 被告は、新設会社の名において行う開発認可申請に際して、工事完成保証人となることを承諾する。

(三) 信和産業は、右約旨に従つて昭和四六年六月、前記共有地を代金六億五九八四万八〇〇〇円で(その後、昭和四八年六月同社名義で、別紙物件目録一一、一二記載の土地を通路用地として代金三三三一万二九〇〇円で取得)買受ける等して準備を進めるとともに、昭和四六年九月二〇日、被告との間で、前記合意を書面で確認し、同月二二日、川奈開発を設立させた。

(四) 川奈開発は、設立と同時に、被告と信和産業間の前記合意事項を承認し、昭和四七年一二月から同年四七年八月までに別紙物件目録五ないし一〇記載の土地を取得して、本件開発事業用地を確保する一方、開発許認可を得るために努力した結果、昭和四八年三月一〇日川奈漁業協同組合の開発同意と伊東市土地利用委員会の開発認可を、同年一〇月二三日には静岡県土地対策委員会の開発事業認可を得て、前記合意に基く条件を全て成就させた。

(五) そこで、被告は、前記合意に基き、右認可を得た昭和四八年一〇月二三日静岡県に対し、「理由の如何を問わず、起業者が本件工事を完成させることが不可能になつた場合は、所定の期間内に起業者に代り県土地利用委員会の決定内容に従つて、工事を完成することを約する。」旨の工事完成保証書を差入れ、川奈開発との間に本件契約を締結するに至つたものである。

4 本件契約による被告の義務

(一) 本件事業は、総工費金一三〇億円も要する大規模なものであつて、川奈開発およびその親会社たる信和産業独自では到底完遂する能力がなく、そのため前項のとおり早くから資本力と信用のある被告との業務提携に努めてきたのであり、静岡県の開発認可を得るためには、被告が同県に対して工事完成保証をすることが必要不可欠であつた。そのため本件契約において許認可取得合意がなされたのであり、この合意に基く工事完成保証により、被告は静岡県に対する防災に関する私法上の義務のみならず、原告に対し本件事業を完遂する義務をも負担したものである。

(二) また、信和産業、川奈開発共に前記のような莫大な資金を調達することは不可能であつたため、被告の信用により、いわゆる立替工事を条件に受注を引受ける建設会社等を選定しない限り、本件事業の遂行は困難であつた。そのため本件契約においても立替事業者選定合意がなされたのであり、右事情からして、被告は、本件契約により川奈開発が主体となる本件事業につき、単なる受託者として関わるのみならず、実質的な共同事業者として川奈開発に対し協力して本件事業を遂行する義務を負担したものというべきである。

従つて、被告は、その分担する総合企画管理を自ら積極的に行い、かつ立替事業者を選定して発注し川奈開発との間に請負契約を締結させる義務を負うものというべきであり、より具体的には、既に発注済みの土木工事の遂行指示、本件開発事業に関する建築確認の申請依頼、建築業者に対する建築請負の発注、同契約の締結、進入路の一部用地確保のための適当な指導をして川奈開発にこれを買収させるなど、本件開発事業のために必要な具体的業務を実行し、かつ川奈開発をして実行させるよう指示、指導すべき義務を負うものというべきである。

(三) 仮に、石油パニックによる経済変動のため、被告において以上の義務の履行が困難であつたとすれば、その場合被告は、川奈開発に対して信義誠実の原則上次のような義務を負担していたものというべきである。すなわち被告は、信義誠実の原則上本件契約による本件事業の企画責任者として、再度事業内容につき、企画の改廃中断を含めて慎重に再検討を加え、川奈開発および本件事業に関わりを持つに至つた関係会社にとつて最も効果的な、あるいは最少の被害に止める企面を立案し、一時中断せざるを得ない場合には、川奈開発の負担した債務の履行延期の了解工作や以後の事業計画に対する川奈開発の対応策の策定、例えば許認可等の失効を回避するための方策を立てるなど事態に即応した適切な措置を講ずべき義務を負つていたものである。

5 被告の債務不履行

川奈開発は、前記のとおり被告との合意に基き、本件事業用地の買収を、更に昭和四八年三月までに許認可の取得をそれぞれ完了したが、被告は、川奈開発の再三の要求にもかかわらず、本件契約の前記約定に違反して本件事業の総合企画の策定すら行わず義務不履行の状態が続いた上、信義誠実の原則上要求された義務も履行せず何らの措置も講じなかつたため、昭和五一年七月三一日の経過により静岡県の開発認可が失効し、本件事業の遂行は不可能となつた。

6 債務不履行による損害

(一) 川奈開発は、本件事業の遂行にあたり、第三者から多額の融資を受けてこれを本件事業用地の確保ならびに許認可取得のため投資して、別紙物件目録記載の土地を宅地化し、その価値を高めた。

川奈開発が静岡県の開発許認可を取得した時点における右目録記載の土地の宅地としての見込評価額は、合計金二五億円であつた。

(二) しかるに、被告の前記債務不履行により本件事業が遂行されないため開発許認可が取消されて失効し、川奈開発の許認可取得後、静岡県が開発許可基準を制限するに至つたことから、再度の許認可取得は不可能となつて事業の再開は望めなくなつた。

そのため、一たん宅地化した前記用地をマンション用地として利用することは確定的に不可能となり、このような状況下では右用地は一部畑として使用しうる以外、利用価値はほとんどなく、その価格は合計金二億五〇〇〇万円に低下した。

(三) 従つて、川奈開発は、被告の前記債務不履行により、前記価額の差額である金二二億五〇〇〇万円の損害を被つた。

二  予備的請求原因(不法行為による損害賠償)

1 被告の不法行為

(一) 被告は、主位的請求原因で述べたとおり川奈開発との間に本件契約を締結したものであるが、石油パニックが顕著となり、かつ信和産業が後述のとおり倒産した昭和四九年三月以降も、川奈開発、信和産業および関係会社に対し、信和産業の任意整理が川奈開発の本件事業に支障をきたさない方法で終息した場合は、本件事業を従前どおりの計画で予定どおり遂行する旨表明していた。

(二) 信和産業は、昭和四九年二月頃、資金繰りの悪化から倒産寸前であつたが、同社代表者本橋は、誠意ある対応があれば協力を措しまないとの被告の発言を信頼し、被告の要求に応じ信和産業所有の川奈開発の全株式を含む全資産を被告に担保提供したが(これは、被告の詐害行為である)、被告の具体的協力は得られず、信和産業は同年三月五日手形不渡を出し、同年四月五日手形不渡処分により銀行取引を停止され、事実上倒産した。

右倒産後も、信和産業代表者本橋は、川奈開発が他人の手に渡つても、本件事業を遂行したいと考え、被告もまた前述のとおり本件事業の継続に意欲的であり、かつ信和産業の倒産が被告自身に影響を及ぼすことを危惧していた等の事情もあつたことから、本件事業を継続するため、川奈開発を存続させながら信和産業を任意整理することに成功した。

本橋が右のような努力をなし、信和産業の債権者が被告の前記詐害行為を了解したのも、被告に本件事業を継続する意思があると認識したからに外ならない。

本件事業用地に抵当権を有する金融機関が抵当権実行を留保することを了承し、五洋建設が資本参加および融資をしたのも、前記のとおり被告に本件事業を継続する意思があると認識し理解したからである。

このように、川奈開発、信和産業はもちろん、信和産業の債権者および関係会社が川奈開発への協力体制を整備し協力してきたのは被告の前記言明を信じたためであり、被告は右協力体制を承知していた。

(三) ところが、被告は、昭和四九年八月、関係会社の支援により川奈開発の協力体制が整備された後、突然本件事業を一時中断することを提唱したばかりでなく、中断に伴う必要措置を講ずることなく本件事業の遂行を中止してしまつた。

しかし、仮に被告の主張するように経済情勢の急変が安定するまで本件事業を中断することが合理的であつたとしても、経済情勢は昭和四九年八月以降に急変したものではなく、同年四月頃から顕著となつたのであるから、川奈開発および関係会社において被告の本件事業継続の意思表明を信じ、川奈開発の体制整備に取り組んでいた事情を知つていた被告としては、同年四月には本件事業の遂行を一時中断または廃止する必要があることを、川奈開発および関係会社に明示し、もつて川奈開発が過分の債務負担をすることがないよう指示忠告をして、損害の増大を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。

(四) しかるに、被告は右注意義務を怠り、昭和四九年四月以降七月頃まで慢然と事態の推移を静観し、むしろ前述の関係会社の協力を助長する態度をとつたため、川奈開発は、昭和四九年四月以降、左記のとおり本件事業用地買収等の事業資金および運営資金の融資をうけ、後記2記載の損害を被つた。

仮に、被告が前記義務を履行して本件事業の中断または廃止を勧告指導する等の措置をとつていれば、川奈開発は、左記融資をうけることなく、後記2記載の損害は発生しなかつたものである。

(1) 五洋建設からの融資

(ア) 昭和四九年七月二五日 本件事業用地取得費として、金一億六三〇〇万円(利息損害金 年利一一パーセント)

(イ) 昭和四九年八月六日 本件事業用地取得費他として、金八九四三万一六一四円(利息損害金 年利一一パーセント)

(ウ) 昭和五〇年三月三一日 伊東水道局水道事業負担金支払いのため、金三五〇〇万円(利息損害金 年利一一パーセント)

(エ) 昭和五一年六月一日 運転資金として、金二七〇〇万円(利息損害金約定なし)

(オ) 昭和五一年七月一日 運転資金として、金三八〇万円(利息損害金約定なし)

(カ) 昭和五一年八月二日 運転資金として、金一六八万円(利息損害金約定なし)

(2) 三和銀行からの融資

(ア) 昭和四九年九月三〇日 運転資金等として、金三五〇〇万円(利息年利9.75パーセント、損害金一四パーセント)

(イ) 昭和四九年一〇月三〇日 運転資金等として、金三五〇〇万円(利息損害金(ア)に同じ)

(3) 大生相互銀行からの融資

昭和四九年九月三〇日 運転資金等として、金五〇〇〇万円(利息年利9.75パーセント、損害金一五パーセント)

2 不法行為による損害

(一) 本件事業用地取得にともなう損害金二億五二四三万一六一四円

前項(四)(1)の(ア)(イ)の借入金は、川奈開発が本件事業用地取得および登記手続費用として使用したものであるが、それは昭和四九年四月以降七月までに本件開発事業が中止になつていた場合は発生しなかつたものである。よつて川奈開発は前記借入金と同額の損害を被つた。

以下も同様の理由による損害である。

(二) 前項(四)(1)の(ア)(イ)の借入金に対する年一一パーセントの割合による左記約定利息、遅延損害金に相当する損害金三九三三万九七九六円。

(1) 昭和四九年七月二五日付借入金一億六三〇〇万円に対する同日から川奈開発が貸主五洋建設から以後の支払免除を受けた昭和五一年三月三一日までの利息、損害金三〇四三万五三四二円

(2) 昭和四九年八月六日付借入金八九四三万一六一四円に対する同期間、同利率の利息、損害金八九〇万四四五四円

(三) 前掲(四)(2)の(ア)(イ)の借入金合計金七〇〇〇万円に対する年9.75パーセントの割合による左記支払済みの約定利息金に相当する損害金一二八七万四六〇四円

昭和四九年九月三〇日から同五一年八月三一日まで金三五〇〇万円に対する利息および同四九年一〇月三〇日から同五一年八月三一日まで金三五〇〇万円に対する利息の合計金

(四) 同借入金合計七〇〇〇万円に対する年一四パーセントの割合による昭和五一年九月一日から川奈開発が破産宣告を受けた日の前日たる同五二年三月九日までの約定遅延損害金に相当する損害金五一〇万一三六九円

(五) 前項(四)(3)の借入金五〇〇〇万円に対する年9.75パーセントの割合による昭和四九年九月三〇日から同五一年八月三一日までの支払済みの約定利息金相当の損害金九三七万六〇一六円

(六) 同借入金五〇〇〇万円に対する年一五パーセントの割合による昭和五一年九月一日から川奈開発が破産宣告を受けた日の前日たる同五二年三月九日までの約定遅延損害金相当の損害金三九〇万四一〇九円

(七) 昭和四九年九月から、許認可取消時である同五一年七月末日までの川奈開発の運営費相当の損害金一億二八万一一四二円

三  よつて原告は、被告に対し、主位的に債務不履行による損害賠償請求として、金二二億五〇〇〇万円のうち金二〇億円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五二年一〇月四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の予備的に不法行為による損害賠償請求として、金四億二三三〇万八六五〇円の各支払をそれぞれ求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一1の事実は認める。

二  請求原因一2の事実のうち、原告主張の日時、川奈開発と被告との間で信和産業を川奈開発の連帯保証人として川奈リゾートマンション建設に関し本件契約を締結したことは認めるが、その契約内容に同一2の(五)(六)記載のいわゆる許認可取得合意、立替業者選定合意なるものが含まれていたことは否認する。

そもそも本件契約は、川奈リゾートマンション建設に関する基本協定であるにすぎず、その細目は別途定めるとされていたところ、その細目に関する契約は締結されなかつた

三  請求原因一3の事実について

1 同(一)の事実は知らない。

2 同(二)の事実のうち、信和産業と被告間に原告主張の合意が成立したことは否認する。

3 同(三)の事実のうち、信和産業が、原告主張の土地を取得したことおよび川奈開発を設立したことは認めるが、それが被告との約旨に従つてなされたとの事実は否認する。

4 同(四)の事実のうち、川奈開発がその主張の不動産を取得したこと(ただし、別紙物件目録6記載のものについては取得日時を争う。)、川奈漁業組合の開発同意、伊東市の土地利用委員会の開発認可、静岡県土地対策委員会の開発認可を取得したことは認めるが、前記合意に基く条件を全て成就させたとの主張は争う。

開発を行うためには、右の外自然公園法一七条および宅地造成等規制法八条の許可、廃棄物の処理及び清掃に関する法律八条による届け出等の許認可が必要である。

5 同面の事実は認める。

四  請求原因一4の事実について

1 同(一)の事実のうち、本件事業が総工費一三〇億円を要する大規模な開発事業であることは認めるが、その余の事実を否認しその主張は争う。

静岡県に対する被告の工事完成保証とは、通常の請負契約における工事完成保証とは異なり、同県の「別荘地・ゴルフ場の造成に関する審査基準」に基き、起業者が県の承認条件を確守すること、工事途中で危険な状態のまま工事を放置しないことなどを保証させるため、専ら保安上の観点から、被告に対し工事完成保証人となることを求めたものであつて、これにより被告自身が本件事業を完成する義務を川奈開発に対し負担したものではない。

2 同(二)の事実を否認し、その主張は争う。前記総工費は完成時までに必要とされる総支出額であつて、計画当初より右金員が全額必要とされたわけではない。また、本件契約締結当時マンションは完成前から分譲販売する計画であつて工事途中から売上収入が予定されていた上、昭和四八年一〇月当時、土木請負、建築請負工事は、いわゆる立替工事によることが多かつたし、しかも、本件事業で最も重要な用地は既に取得済みであつた(ただし取付道路分を除く。)。

被告が原告主張のような理由で本件契約について作成された基本協定書(甲第一五号証)に明示されていないような内容の原告主張の如き義務を負担するいわれはなく、まして本件契約が本件事業を共同事業として遂行することを約したものでもない。被告は、本件契約において、川奈開発から左記内容の業務の委託をうけたにすぎないのである。

(1) 本件事業の総合企画管理

(2) 土木工事、建築工事その他本物件の建築工事の発注業務およびその設計施工監理の依頼事務

(3) 本件物件の販売業務および販売代金の管理

3 同(三)の事実は否認し、その主張は争う。被告に信義誠実の原則による処置義務なるものはない。

五  請求原因一5の事実のうち、取付道路を除き、本件事業用地の買収が済んでいたこと、原告主張の日に静岡県の開発認可が同日まで本件事業に着工しないため失効したことは認めるが、その余の事実は否認する。

右認可は昭和四八年一〇月二三日より二年の期限が付されていたところ、同五〇年一〇月二三日以降、川奈開発は、二回にわたり期限延期の申請をし、被告も副申してこれに協力したが、川奈開発は最終期限たる同五一年七月末日に至るも、延期願いを提出しなかつたため失効したものであり、開発に必要な許認可を全て取得していたものではない。また被告は、後述の理由で本件事業の継続が不可能になるまでは、事業計画、収支計画表の作成、基本設計等の設計依頼、工事請負契約等の発注業務等、本件契約に定められた受託業務の全てを誠実に履行しており、被告に何らの不履行はない。

六  請求原因一6の事実は全て否認する。

七  請求原因二の事実について

1 同1(一)の事実のうち、被告と川奈開発との間に本件契約が締結されたこと、その後石油パニックが顕著となつたことは認めるが、その余は否認する同(二)の事実のうち、信和産業が昭和四九年四月五日不渡手形を出し銀行取引を停止されて倒産したことは認めるが、その余は否認する。同(三)(四)の事実は否認し、その主張は争う。

2 同2の事実は否認する。

(被告の抗弁)

一  仮に、原告主張どおりの債務不履行が認められるとしても、これは次のとおり、被告の責に帰すべき事由に基づくものではない。すなわち、本件事業が継続不能となつたのは、当時の石油ショックによる急激な経済不況、川奈開発の親会社である信和産業の経営悪化に基く信用不安とそれに続く倒産、川奈開発の資金不足、それらの理由による立替工事を引き受ける土木建築請負業者の不存在、本件事業用地に信和産業の債権者のため設定されていた極度額、債権額合計一九億五〇〇〇万円にのぼる抵当権、根抵当権の存在のためであり、被告の責に帰すべき事由によるものではない。

そもそも川奈開発は、本件事業計画を推進する前提となる資金計画を立案できないため、後述のように、被告に対してこれまで、本件契約の履行についてではなく、専ら契約外の事業参加や資金援助等を求め続けそのための協議がなされてきたのであつて、ここに至つて被告に債務不履行の責任を負わせようとするのは全く筋違いである。

二  また、原告は信義則上の措置義務の不履行を主張するが、仮に被告がそのような義務を負うとしても、当時被告は、次のとおり川奈開発それに五洋建設を含めた三者で再三再四今後の方針について協議し、その義務を果した。すなわち、昭和四九年八月以降、五洋建設が川奈開発の全株式を取得した後、被告に対してまず川奈開発の株式の買取りと経営参加を求め、次いで被告と五洋建設が共同出資する別会社を作り、これを本件事業の事業主体とする案を提示してきたが、被告は、右提示に対し自ら事業主体となることは当初より考えていなかつたため同意できず、本件事業を経済状況の好転まで中断し、その間の事業計画維持のために本件事業用地に関する調査、企画等を行うための別会社設立案を提示した。しかし、これには相手方が同意せずこの両者の意見の対立は遂に一致をみなかつた。このように、被告は本件事業計画を維持するための提案をし協議に応じるとともに、この間、本件事業の認可が失効しないよう工事完成保証人として保証延期の約束書を二度にわたつて静岡県に提示し、いずれも同県により承認されたが、川奈開発等は、前述の如き本件契約外の提案をして協議を求め、被告の同意が得られなかつたことから、本件事業計画の遂行を断念し、以後延期申請を静岡県に提出しなかつたため、許認可が失効するに至つたものである。従つて右失効につき被告に責はないというべきである。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁一の事実のうち、本件契約締結後石油ショックによる経済不況があつたこと、また信和産業が倒産したこと、本件事業用地に被告主張の被担保債権額の根抵当、抵当権が設定されていたことは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

本件事業が遂行不能となつた原因は、被告が主張するような信和産業の倒産とか本件事業用地に設定された抵当権実行のおそれや建築工事請負受注会社の不存在によるものでないことは以下に述べるとおりであり、事実は被告が昭和四八年一〇月頃発生したいわゆる石油パニックによる日本経済の変動が顕著化したことから、以後の開発計画の実施に伴う収支計算に不安を感じ、本件契約によつて事業遂行の責務を負うにもかかわらず、関係会社の被る損害を無視し一方的に本件事業の遂行を断念したことにある。従つて、被告は債務不履行の責を免れることができない。

すなわち、前記信和産業の倒産による本件事業への影響等は、川奈開発およびこれに協力する関係者の左記のような努力により全て解決されていた。

(1) 昭和四九年七月二五日、川奈開発は、別紙物件目録一ないし四、同一一、一二の各土地(いずれも信和産業所有名義)確保のため、信和産業および同社債権者委員会の同意を得て、信和産業の債権者に対する総債務を合計金二億五〇〇〇万円と協定し、右債務を信和産業に代わつて弁済し、右弁済に基く求償債権の支払に代えて、右各土地所有権を取得した。

(2) 川奈開発は信和産業が保有していた川奈開発の全株式を、本件事業の土木工事の一部を請負つていた訴外五洋建設株式会社に代金一億円で取得させて資本体制を確保した。

(3) 昭和四九年七月二七日、川奈開発は信和産業および川奈開発に対する債権確保のため、本件事業用地に抵当権を有していた訴外日本団体生命、同三和銀行、同太陽神戸銀行、同大生相互銀行、同東海銀行に対し、今後の本件事業遂行の協力を依頼し、抵当権実行の猶予の確約を得た。

(4) その後、川奈開発は、三和銀行および大生相互銀行から合計金一億二〇〇〇万円の融資を受け、更に昭和四九年八月二九日、五洋建設との間に極度額金九〇〇〇万円(後に金二億五〇〇〇万円)の融資契約を締結し、金二億九七四三万円の融資を受け資金を確保した。

以上のとおりで当時石油ショックによる経済変動以外、本件事業を遂行するうえにおいて何らの危惧も存しなかつたのである。

二  同二の事実のうち、川奈開発らと被告との間で別会社の設立等について交渉のあつたことは認めるが、その内容を含めその余の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件契約における被告の義務について

1  (契約締結までの経過)<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  信和産業は、資本金四〇〇〇万円、年商五〇億円の伊豆半島周辺を中心に建設工事等を行つている会社であるが、昭和四五年九月頃、同社代表取締役の本橋は、別紙物件目録記載の土地の共有者等から、右土地を買収して開発するよう要望され、同土地を見分したところ、伊東市の川奈湾に面した展望良好な景勝地であつたことから、当初信和産業の資力を考え、簡単な道路を設けた高級別荘分譲地として開発することを意図したが、別荘地分譲は初めての事業であつたため、その専門的知識経験を有する会社と業務提携する必要を感じ、昭和四六年二月下旬ころ、知人に紹介された当時被告の不動産営業部営業二課(顧客の造成・建築した宅地等の販売受託が所管業務)の課長であつた梅沢喜久也に対し信和産業は川奈地区に約八万坪の土地を所有しており(実際には、土地の買収のための運動資金を渡しただけであつた。)、別荘分譲地として開発し迎賓館を造りたいので協力して欲しいと要請した。梅沢は、とりあえず現地を視察することとし、同年三月初め頃、現地を見分した結果、川奈の開発対象地は急峻地で岩山であることから造成が困難であり、土地を立体的に利用して、リゾートマンションを建設した方が取付道路も半分ですみ建設費用も少なくてすむと判断した。しかして本橋と梅沢との折衝の結果、陸上にはリゾートマンション、海上にはヨット・ハーバー施設を建設する開発計画を立て、被告がいずれ右開発事業の委託を受け信和産業の右事業の遂行に協力することが確約され、事業主体は信和産業であるが、被告が販売委託および総合企画管理などを引き受けることを前提として、信和産業を代理し梅沢から株式会社オオバ(以下、オオバという。)に土木設計が、株式会社久米建築事務所(以下、久米建築という。)に建築設計がそれぞれ依頼され、基本計画の作成作業が進められることとなつた。

(二)  このようにして本件事業計画が具体化してきたことから、信和産業と被告との関係を文書化することとなり、昭和四六年九月一日付で信和産業代表取締役、川奈開発設立準備委員の肩書で本橋から被告あてに、川奈地区の開発に関し、総合企画設計管理、工事施工、販売委託の各業務を依頼したい旨の書簡(甲第二号証)が、これに対し被告から同月一〇日付で右依頼を受託するが、詳細な事項は別途諸条件決定後とりきめる旨の書簡(甲第三号証)がそれぞれ手渡され、右各業務について受託契約の締結が内諾された。

これによつて本橋は、本件事業の遂行に当つて大手不動産業者である被告の信用を最大限に利用することが可能となり、また、被告と右委託契約を締結すれば万一の場合資金援助を含めた全面的な支援を受けられるものと期待した。

一方被告は、土地さえ確保できていれば、信和産業のような規模の会社でも当時広く行われていた立替工事の方式によりさえすれば資金的に問題なく開発事業の遂行が可能であるとみて、信和産業が土地を確保し開発行為についての許認可取得後に、他の業者との取引の場合と同様、受託者として総合企画等の業務を受ける意向で、本橋が期待していたような資金援助まで含めた共同事業者的立場で協力するような方針は持つていなかつた。

信和産業は、同月二二日、本件事業計画の遂行を主たる目的とする資本金五〇〇〇万円の川奈開発を設立し(この点は当事者間に争いがない。)、以後、川奈開発が信和産業から本件事業を引継ぎ推進することとなつた。

(三)  本件事業用地である別紙物件目録一ないし四記載の土地は、昭和四六年六月、同目録一一、一二記載の土地は昭和四八年六月信和産業によつて取得され、同目録五ないし一〇記載の土地は、昭和四六年一二月から四七年八月までの間に川奈開発が取得した。また、川奈開発は、昭和四八年一月から一〇月までの間に、川奈漁業協同組合や伊東市川奈財産区の開発同意、伊東市土地利用委員会の開発認可を取得し(以上の事実のうち、右目録六の土地の取得時期を除き当事者間に争いがない。)、災害防止や水道等の敷設に関し関係機関等と各種協定を締結した。右土地の取得や許認可等の取得については、被告側の口添えなどの協力のほかに、被告が開発事業の受託会社となつていること自体が寄与していた。

この間、静岡県土地利用対策委員会などとの折衝の過程でヨット・ハーバーを含む当初の計画は変更され、最終的には、建物の長さ一〇〇メートル以内、八階建、六棟、八〇〇戸のマンションを建築する計画となり、開発認可申請書一式がオオバによつて作成され、同年一〇月九日、前記土地利用対策委員会から川奈開発に対し、右計画の範囲で、同県の行政指導の基準である「別荘地、ゴルフ場等の造成に関する審理基準」に沿つて、被告の工事完成保証を条件に開発認可する旨の内示がなされるに至つた。

そこで、川奈開発は、被告に対し、右工事完成保証を依頼し、被告がこれに応じるべく、それまで合意されていた内容に沿い折衝の上同月二三日、被告川奈開発、信和産業の三者の間で本件契約が締結され川奈リゾートマンション(仮称)建設に関する基本協定書」(甲第一五号証)が作成された。そして同日、前記土地利用対策委員会委員長あてに被告の工事完成保証書が、被告と川奈開発の関係を示す右基本協定書が添付されて差し入れられ、これにより同日静岡県の開発認可がなされた(本件契約の締結と開発認可があつたことは当事者間に争いがない。)。

(四)  なお被告は、昭和四八年八月川奈開発に対し、同社が山梨県都留市に建設中の都留パークゴルフ倶楽部ゴルフ場の建設資金として使途を限定し融資しているが、本件事業に関しては全く融資しておらず、川奈開発の前記設立にも関与しなかつた。

以上の事実が認められ<る。>

2  (本件契約の内容)本件契約については前記認定のとおり、基本協定書(甲第一五号証)が作成されたが、<証拠>によると、右基本協定書の内容は、被告が三明開発株式会社など数社との間に締結した開発事業の総合企画管理等の業務の受託契約と基本的には同じ内容であること、右基本協定書の一条一項に明示されている受託業務のうち、総合企画・総合管理とは、いわゆるコンサルティング業務であつて、具体的には、土木工事や建築工事、建物の企画や販売方法について種々のノウ・ハウが存在するうえ、請負業者が複数であることが多いことから、事業主の依頼に応じて全体の企画を立案し、工事工程などを調整し、販売先やその方法等について専門的知識、経験に基づき企画を立案し、情報を提供することであるが、このように事業主体と総合企画、管理をする者が別であることはマンション建築においては珍しくないこと、を認定することができ<る。>

なお基本協定書一条三項によれば、委託業務の範囲等の細目は別途協議により定めるものとされているところ、本件全証拠によるも、その細目について協議がなされた事実は認められない。

3  (許認可取得合意の存否)ところで、原告は、本件契約において許認可取得合意がなされており、これに基づき被告が静岡県土地利用対策委員会委員長宛になした工事完成保証により、被告は原告に対し、本件事業を完遂する義務を負担した旨主張する。

しかしながら、前項認定の基本協定書にはそのような合意内容を記載した文言はなく、前記1(三)認定の事実によれば、右工事完成保証は、原告の要請に被告が応じたものであるが、それは本件契約上の義務としてではなく、開発事業の総合企画等の受託会社として委託者たる川奈開発に協力したというにすぎないものと認められ、本件全証拠によるも、右合意が本件契約の内容をなしているものとは認めることができない。そして、被告がなした右工事完成保証(その後も二回この保証をしていることは後記認定のとおり)は、<証拠>によれば、静岡県の行政指導要綱である「別荘地・ゴルフ場の造成に関する審査基準」に基づき徴されたものであり、右審査基準によれば、工事完成保証とは、起業者に代つて工事を完成することを保証するものとされているが、しかし、実際はそこまで保証人に期待している訳ではなく、主眼は、保安上の見地から、起業者が工事を中途で放置することによつて、防災上危険な状態が発生したり、自然景観上望ましくない事態が生じたり、また、ゴルフ場造成の起業者が自己資金がなく完工していないのにゴルフ会員権を発売し、これを購入した第三者に被害を与えたりしないように未然に防止するためにとられる措置で、これにより県が保証人に対し公権力を行使できるような権利を取得するものではないこと、被告の工事完成保証も、同趣旨のもので、被告が静岡県に差入れた同県作成の定型用紙による保証書には、保証人は起業者が工事を完成することが不可能になつた場合は所定期間内に起業者に代り県土地利用対策委員会の決定内容に従つて工事を完成する旨の記載がなされていること、なお、その後の静岡県の指導要綱では、工事完成保証人は起業者の施行しようとした工事のうち、知事が必要と認めた工事についてその完了を保証するものとされていることを各認めることができる。

右認定事実によると、被告は本件工事完成保証によつて静岡県に対し、静岡県の意向によつて川奈開発に代わり工事完遂の私法上の義務を負うが、しかし、原告主張のように右保証により、被告が川奈開発に対し本件工事完遂の義務を負うものでないことは明らかである。<証拠判断略>

4  (立替業者選定合意の存否)本件工事の総工費が約一三〇億円にのぼるものであることは当事者間に争いがないところ、前記1(二)認定の事実に、<証拠>を総合すると、右一三〇億円という金額は、本件事実完成までに必要な資金の総額であつて、事業当初より総額が必要なわけではなく、工事出来高に応じて順次必要となるものであつた上、完成前からマンションを販売し、その代金収入が予定されていたこと、前記基本協定書が作成された石油ショック以前の昭和四八年一〇月当時ころまでは、土木、建築等の各工事の請負が立替工事によつて広く行われており(先に認定のオオバや久米建築に対する設計依頼もそうであり、昭和四八年一二月四日本件事業の土木工事に関する川奈開発と五洋建設との間に締結された請負契約における代金支払条件も、完成引渡時に五〇パーセント、完成引渡後六カ月以内に五〇パーセントというものであつた。)本件事業の基本計画もこの立替工事によることが前提となつていたものであつて、当初より巨額な資金が必要なわけではなく、川奈開発、信和産業において、前記金額を全額調達することができなくとも本件事業遂行にはそれほど支障がなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、総工費が川奈開発の事業規模から考えて極めて多額であるとはいえ、資金的に川奈開発が単独の事業主体として遂行できないというわけではない。

しかし、その前提として立替工事によることが必須の要件となつていたということができ、基本計画も右認定のように立替工事を前提にして立てられていたものである。しかして被告は、基本協定書で受託業務として明記されている土木建築工事等の発注業務を履行するに当つては、立替工事を受注する業者を選定して発注することが当然の前提とされていたことが明らかであり、右基本協定書に明記されていないとはいえ、このことは当然のこととして少くとも黙示的に合意されていたものと認めるのを相当とする。

5  以上の認定事実に、前記基本協定書(甲第一五号証)の記載内容を照らせば、本件事業主体は川奈開発であり、被告が本件契約によつて右川奈開発に対し負担するに至つた債務は、川奈開発から委託された基本協定書一条一項各号の業務の履行であり、また右業務のうち土木建築工事等の発注や設計管理の依頼業務の履行に当つていわゆる立替工事により受注する業者に対し右発注ないし依頼するという義務を負担したにすぎないものというべきであつて、原告主張のように、川奈開発と損益を分担する意味で本件事業を共同事業として遂行する義務を負担したものではなく、また川奈開発が、本件事業を遂行できない場合に、川奈開発に対し、川奈開発に代わつて被告の責任と負担において本件事業を完遂すべき義務を負担したものでもないというべきである。

従つて被告に右のような義務のあることを前提とする原告の主張は失当というほかはない。

三被告の債務不履行責任(主位的請求)について

1  (本件契約上の債務の不履行)

(一) 前記二1(一)認定の事実と、<証拠>によると、被告は、本件契約締結前から、川奈開発との打ち合わせに基づき、オオバや久米建築に基本設計等の作成を依頼したり、本件事業用地の取得や許認可の取得などに側面から協力していたこと、被告は、本件契約締結後、正式に受託者として引続き、オオバに依頼して道路の設置、造成工事についての実施設計図の一部を作成させ、建物建築についても、引き続き久米建築に依頼して昭和四八年末までに最終的基本計画に基づく基本構想図を作成させたこと、また被告は、開発認可後の最終的な基本計画についての資金計画を策定し、これに基き収支計算表を作成したこと、被告は、土木工事についても、昭和四八年一〇月二五日に五洋建設に見積を依頼した上、同年一二月四日、五洋建設との間で、川奈開発の代理人として立替工事の方式による工事請負契約を締結したこと、建築工事については、契約締結までに至らなかつたが、昭和四八年末頃、立替工事を条件として、フジタ建設株式会社、清水建設株式会社、三井建設株式会社等と交渉したこと、被告は以上のほかには、川奈開発等との打ち合せなど受託業務を履行するために必要な細かな折衝を除き、受託した業務を行つた事実はなく、本件事業は工事の着工を見ないまま中断された状態となつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、川奈開発が静岡県から得ていた開発認可が昭和五一年七月三一日までに本件事業が着工されないため同日の経過により失効したこと、川奈開発は昭和五二年三月一〇日破産宣告を受けたことは当事者間に争いがなく、これによつて本件事業は、事実上継続不可能となつたということができる。

(二)  そこで、被告が本件契約上の義務のうち、前項認定の履行にとどまり、その余の義務を履行せず現在に至つたことが被告の責に帰すべき事由によるものかどうかについて判断する。

<証拠>を総合すると、川奈開発の親会社であり、本件契約の連帯保証人である信和産業は、本件契約締結前から経営難で昭和四八年一一月頃には信和産業の信用不安が一般に噂されるようになり、翌四九年二月初め頃には一層悪化し、被告が昭和四八年八月に信和産業の連帯保証で川奈開発に融資していた金一億八〇〇〇万円の貸付金について債権保全のため期限の利益を失つたものとして弁済期前に弁済請求するほどの事態となり、同年三月五日には遂に不渡手形を出し銀行取引停止処分を受け倒産に至つたこと、折りしも昭和四六年頃から続いた列島改造ブームによる土地開発事業の好況は、昭和四八年末の石油ショックによつて一転し、急激に需要が落ち込み開発事業は以後数年深刻な不況に見舞われることとなつたこと、このような状況となつて被告を通じ川奈開発から設計依頼を受けていたオオバは、報酬の支払や事業の先行きに不安となり、前項認定のとおり道路の造成工事の実施設計図を一部作成しただけで昭和四八年暮頃から作業を見合わせ、久米建築も同様の理由で同じ頃設計図面の作成作業を中断したこと、また前項認定のとおり被告が立替工事を条件に建築工事の請負を交渉したフジタ建設株式会社等も同様理由で難色を示し契約締結に応ぜず、しかもその後信和産業が現実に倒産し不況も益々深刻化するにおよび、立替工事を条件に工事の請負を受注する会社の出現は殆んど期待できない状況となつたこと(五洋建設と川奈開発との間に昭和四八年一二月前項認定のとおり本件事業の土木工事につき立替工事による請負契約が締結されているが、これは信和産業の資金繰りの必要から二億円の融資を受ける話がまとまり、その見返りになされたものである。)、従つて立替工事を前提とする資金計画は無理となり、改めて資金計画を立てることが必要となつたが、信和産業が右のような状態であつたため、被告と川奈開発の間で基本協定書に定められた協議もなされず、結局資金計画はその後策定されなかつたこと(基本協定書二条二項には資金計画等基本計画策定後でなければ本件事業の建設工事に着手することができないと定められている。)、なお川奈開発は、本件契約締結後五洋建設、三和銀行、大生相互銀行から合わせて四億円ほどの融資を受けたが、これは信和産業からの後記認定の土地取得費、水道事業負担金、借入利息の支払、人件費等に当てるための資金で本件事業の土木建築等の資金に流用する余裕はなかつたこと、ところで信和産業の倒産時、本件事業用地の大半を占める別紙物件目録一ないし四、一一、一二記載の各土地の所有名義は同社となつていて、同土地上には信和産業の債権者のため極度額、債権額合わせ一九億五〇〇〇万円の根抵当、抵当権が設定されており、実質被担保債権額も一一億四四九六万円ほどあつたこと、被告は右信和産業の債権者や川奈開発等から右債務の肩代わりや右土地の買取りを要求されたが、被告が応じないところ、川奈開発が右抵当権付で買受けることになり、昭和四九年七月二五日代金二億五〇〇〇万円で売買がなされたこと、右抵当権者らは抵当権の実行については当分猶予し川奈開発側との話し合いに応ずるとの協力的態度をとつていたが肩代わりを求めていることに変りないところ、当時川奈開発はこれを肩代わりできるような状況になく、そこで仮に右抵当権等をそのままにして本件事業を進めることになれば、抵当権等の実行に怯えるか抵当権者等の言いなりに弁済せざるを得なくなり、経済常識からみて川奈開発が右事業を遂行することができる可能性のないこと、そもそも本件事業に着工するためには前記二1(三)認定の許認可だけではなく、自然公園法一七条および宅地造成等規制法八条の許可、廃棄物の処理および清掃に関する法律八条の届出等の許認可を要するが、その許認可は未だ得ておらず、また静岡県の開発認可で条件とされた道路の取付用地も未だ未買収であり、右許認可の取得および用地の買収は川奈開発がなすべきもので、被告の義務ではないこと、ところで川奈開発は、信和産業の倒産後事実上事業活動を停止していたが、昭和四九年七月五洋建設が本件事業を遂行するため信和産業の有していた川奈開発の株式を全部買取つて川奈開発の再建を計ることになり、五洋建設から役員を送り込み前記信和産業から土地買取代金等の融資をするなどして梃入れを図つたこと、しかし既に多額の負債を負つている上、石油ショックによる経済状態は益々悪化し採算上本件事業の遂行を凍結するほかない状況となつて、本件事業計画の見直しとともに川奈開発の抜本的な再建策を計る必要に迫られ、本件事業凍結止むなしとの認識を前提に五洋建設、川奈開発、被告の間で再三再四折衝が続けられたが、別会社を設立する点では合意したものの、被告が本件契約で負担した義務の範囲を超える五洋側提案の川奈開発の債務承継や被告の資本参加が被告の受け入れるところとならず、新会社の事業内容についても意見が対立し、そうこうするうち昭和五一年四月三〇日、川奈開発が不渡手形を出し倒産するに至つたこと、信和産業倒産後の川奈開発は右のような状態であり、川奈開発から被告に対し本件契約による委託業務の履行を求めたことは一度もなかつたこと、なお静岡県から得ていた本件事業の開発認可は、いずれもその都度被告の工事完成保証により、昭和五〇年一〇月二五日に六か月延期され、昭和五一年四月三〇日に六か月の延期願に対し三か月(昭和五一年七月三一日まで)延期されたが、前認定のとおり川奈開発が昭和五一年四月三〇日に倒産したためその後の延期申請が事実上不可能となり(延期申請しても承認されなかつたものと推認される)、同年七月三一日の経過により失効したものであることが認められ<る。>

(三)  以上認定の事実に照らすと、被告が本件契約により受託した業務を一部履行したのみで本件事業の継続が事実上中断され現在に至つたのは、主に川奈開発側の事情によるものであり、加えて経済状勢が本件契約締結時と著しく変わり不況が極めて深刻であつたためということができるのであつて、右債務不履行は被告の責に帰すべき事由によるものではないというべきである。原告は、信和産業の倒産による本件事業への影響は川奈開発等関係者の努力により全て解決されていたと主張するけれども、事実は右認定のとおりであつてその理由のないことが明らかである。

従つて被告は、本件契約について債務不履行の責任を負わないものといわねばならない。

2  (信義則の原則に基づく義務の不履行)

被告が信義誠実の原則上本件契約による業務の受託者として原告主張の措置義務を負担するものと解することは極めて疑問といわなければならないが、仮にそのような義務があるとしても、本件全証拠によるも右措置義務の不履行を認めることができず、却つて前記三1(二)認定の事実によれば、信和産業の倒産や石油ショックの影響で本件事業の遂行が事実上中断するに至つて、被告は、五洋建設や川奈開発と本件事業を凍結するほかない客観的状況にあることを前提に本件事業の見直しを含め本件事業の事業主体である川奈開発の再建策について川奈開発の倒産に至るまで再三再四協議したが、被告に対し新設会社への資本参加や川奈開発の債務承継等が要求されたため合意に至らなかつたというのであり、単なる総合企画等の業務の受託者にすぎない被告としてはそれなりの対応を尽したと認めることができるし、また静岡県の開発認可が失効したのは、川奈開発が倒産したためその延期申請が事実上不可能でできなかつたためであることは前認定のとおりであるから、被告としてその失効を避けるため打つ手のなかつたことが明らかである。

従つて被告に原告主張の信義誠実上の措置義務の不履行はなかつたものというべきである。

3  以上検討したところによれば、債務不履行を理由とする原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当であり、理由がない。

四被告の不法行為責任(予備的請求)について

川奈開発が本件事業の事業主体であり、被告は本件事業の総合企画等の業務の受託者にすぎないことは既に認定したとおりであつて、被告に本件事業を一時中断しまたは廃止するか否かを決定する権限従つてそれを川奈開発に明示する権限のないことは明らかであり、本件契約の基本協定書二条三項の「……基本計画の全部または一部について重要な変更を加える必要が生じたときは、事前に協議し相手方の承諾を得るものとする」との定めからすると、せいぜい川奈開発がその決定をする際協議を受けもしくは承諾を与える権限を有するにすぎないものということができる。

しかも本件全証拠によるも被告が一方的に本件事業を中断したとは認めることができず、却つて前記三1(二)認定の事実によれば、信和産業の倒産や石油ショックの影響で本件事業の遂行を凍結せざるを得ない客観的な状況となつて、被告と五洋建設、川奈開発との間で、川奈開発の再建策等その対応策につき川奈開発の倒産まで再三再四協議されていたことが認められるのであり、本件事業の遂行を凍結し事実上中断せざるを得ないことについては川奈開発において被告から指示忠告を受けるまでもなく、それを知りもしくは知り得べき立場にあつたものというべきである。

右川奈開発と被告の関係および川奈開発倒産までの事実経過等に鑑みれば、被告が法律上も事実上も川奈開発に対する関係で、原告主張のような注意義務を負ういわれはないものというべきである。

従つて不法行為の成立を認めることができない。

そうすると、原告の予備的請求も理由がなく、失当であるといわなければならない。

五以上の次第で原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 佐々木寅男 丸地明子)

物件目録<省略>

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